【一口馬主ブログ】一口馬主の雑記帳

零細一口馬主のブログです。ロードサラブレッドオーナーズで2018年に一口馬主デビュー。2019年にユニオンに入会、2021年にインゼルにも入会しました。

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【創作モノ】2022年_きさらぎ賞

その①

スムーズ過ぎる。このままだと早く着いてしまいそうだ。

 休日なのに流れている環七に車を走らせながら俺は頭を悩ませていた。ナビに映し出された到着予定時刻は家を出る前に考えていたよりずっと早い。

 「待たせるのもかわいそうだから」と早めに送り出した妻の理恵の気持ちはわからないでもないが、さすがに早く出すぎた。このままだと、息子の翔太の受験が終わるまでずっと向こうで待つことになる。

 まったく、少しくらい混雑してくれてもいいものを。

 そんな普段の家族旅行では決して思わないことを思い、俺はため息をついた。なんとも気持ちが重い。

 ただ、ここから道が混雑し、翔太が中学校の門から出てくる時刻ピッタリに着いたところで、この気の重さは片付かないだろう。むしろ、その後に翔太に伝えなくてはならいないことがそもそもの原因なのだ。

 翔太に会えば、こう伝えなくてならない。

 「本命校には落ちていたよ」と。

 

その②

 環七を順調に抜け、翔太が今日受験している中学校の正門の前に着くと、歩いて5分くらいのパーキングを見つけて車をサッと入れた。ギアをパーキングに合わせる。受験が終わるまで、あと34分。

 絶妙に中途半端な時間だった。どこか探してコーヒーでも飲みに行くには時間の余裕がないし、門の前で待つには早すぎる。

 仕方なく、背もたれに体重を預けた。このまま待つほうが賢明だ。30分と少々ならこのままアイドリングしていても文句も言われないだろう。

 手持ち無沙汰にスマホを見る。理恵からメッセージが来ていた。

 『着いた?』と猫のスタンプが問いかけてきている。『着きました』と、俺も気にいっている吉本の芸人のスタンプで返事を返した。

 すぐさま、『お疲れさま』と別のスタンプ返ってきた。

 そして、『よろしくお願いします』とまたスタンプが続く。

 『よろしくって、なにをだよ?』 と返えそうと思ったが、そんな都合の良いスタンプは手持ちになかった。

 人差し指を幾分か惑わせたあと、『了解』とだけスタンプを送った。

 瞑目し、今日何度目かのため息をついた。理恵が『よろしくお願いします』に伝えたい意味などわかっている。

 さて、どうしようか。

 我が子に会うのが気づまりになる日がこんなに早く訪れるなんて想像すらしていなかった。 

 

その③

 翔太は俺と理恵の一人息子だ。生まれた頃から同学年の中でもどちらかと言えば、やんちゃで、ガキっぽい性格だった。「男の子というのは女の子よりもバカに出来ている」とは子育て界隈でよく話のネタにされることではあるが、翔太はまさにそんな典型だった。

 サッカーが好きで、図工が得意で、女子には弱く、勉強は嫌い。まるで子供の頃の自分を映した鏡のようで、その分、おおらかに接して育ててきた。多少使いづらくても丈夫ならモノになる、なんてまるで樫の木みたいなことを思った。

 だから、5年生で塾に行きたいと言ってきた時は正直、驚いた。きっかけは「仲の良い蓮くんが行くから」という理由だったとしても、勉強を自らからしたいなんて言う日が来るとは思っていなかったのだ。

 それから、ここ2年。翔太はまじめに頑張ってきた。中学受験なんてものが無い片田舎で育った自分にとっては「こんなに?」というほどの宿題をこなし、お盆休みに岐阜の実家にすら帰らなかった今年の夏からはグングンと成績も伸びた。

 志望校を1つ上げ、2つ上げ、最初は高望みとも思えた第一志望校にも「勝負できる」と塾長に発破をかけられたのが1か月前。最後の追い込みを終え、受験が終わったのが一昨日だ。

 もっとも、サクセスストーリーはそこまでで、結果は不合格だったのだが。

 幸いなことに、第二志望には無事に合格していた。今日、翔太が受けているのは第三志望の滑り止めだが、そこの合否はもはや関係ない。客観的に見て、100点満点ではないが、80点は十分あげられる結果だ。

 だからこそ、結果を伝えづらくもある。結果はまだいい。結果を伝え、その後に何を伝えるか。それが難しいのだ。

 第一候補は、「おつかれさま」だ。

 この2年間の労をねぎらう。それは親としても、1人の人間としてもしてあげたい。ただ、大学受験で浪人をしたことをある身からすれば、そんな言葉はなんの意味を持たないのもまた俺は知っている。

 じゃあ、「もっと頑張っていれば」か。

 いや、それはない。そんな言葉をかけるのは価値観に反する。それは本人が思うことであって、人に言われれば、心の重荷にしかならない。

 …どうしたもんか。

 閉じていた目を開けた。時計を見る。あと、20分。アイドリングの音だけが社内に響いている。

 俺はラジオに手を伸ばした。音楽でもニュースでも、何か人の声が聴きたい。

 「ダンテスヴュー、マテンロウレオ、この2頭の競り合いだ。ダンテスヴュー、マテンロウレオ、2頭並んでゴールイン」

 ラジオからそんな音声が流れてきた。どうやら、競馬の実況中継らしかった。

 「まったく並んでいます」とアナウンサーが続けている。

 懐かしい。自然とそんなことを思った。思い起こせば、翔太が生まれた頃だけ、競馬にハマったことがあった。オルフェーヴルがキッカケだった。東日本大震災の時に3冠を達成した駿馬。たまたま見た皐月賞から有馬記念で引退するまで、あの時だけは競馬を見ていた。天衣無縫の最強馬。それが自分にとってのオルフェーヴルの印象だ。

 スマホを取り出し、オルフェーヴルを検索してみた。

 久々にオルフェーヴルのレースを見れば、スカッとして、翔太にかける言葉も見つかるかもしれない。

 

その④

 皆マスクをつけて、しかも似たようなコートを着ているのに、翔太だということはすぐに分かった。背格好が似ている中でも、背筋を伸ばして歩いている。今日の試験の出来栄えどうこうではない。きっとやりきったことの表れだ。今日だけではなく、翔太の2年間が姿勢に表れている。

 校門から少し離れたところであえて声を変えずに待っていたが、こちらの視線を感じたのか、思ったよりこっちに早く気が付いた。目元が八の字に緩む。笑い方は理恵のほうに似たな、と改めてと思った。

 「終わった」少しだけ早足で歩み寄ってきた翔太が俺に言った。

 「おう」と返事を返す。「行こうか。すぐそこに停めてある」

 こくりと頷いた翔太と一緒に駐車場へと向かった。「今日はどうだった?」という問い対して「まあまあ」なんて返事が返ってきた。

 いつしか、試験の出来栄えには曖昧な言葉しかよこさなくなった。これも翔太なりにこの2年間身につけた処世術なのかもしれない。

 駐車場につき、駐車料金を払ってから翔太と一緒に車に乗り込む。エンジンをつけた。ドルッと少し驚いたような音を立てて愛車が起きる。この寒さではあっと今に車も冷える。

 「帰るぞ」

 「うん」

 シートベルトを付けながら翔太が頷く。ミラー越しに、校門を出てから初めてしっかりと目が合った。

 「あのな、翔太」ミラー越しに俺は言った。

 「なに?」

 「本命な、ダメだった」

 翔太が目を見開く。グッと息を堪えるのがわかった。

 「第二志望は受かってたぞ」

 「…うん」

 少しだけ、何かを溜めるようしたあと、翔太が答えた。

 それからミラー越しにも目を合わさなくなる。それ以上、俺も無理に目を合わせようとはしなかった。

 何も声をかけず、ギアをパーキングからドライブに入れた。ゆっくりと、いつものようにアクセルを踏む。ゴトンと段差を踏み越えてから車は発進した。

 言葉なんてかける必要はない。それが俺の結論だった。

 翔太を迎えに行くほんの20分前、オルフェーヴルきさらぎ賞を見た。

 驚いた。将来の三冠馬は3着に終わっていた。末脚を活かしたが、それでもまったく勝負にならない結末で敗北していた。凱旋門賞で2着を2回やってのける馬がである。

 レースを見たあと、ふと思った。やりきった人間にかける言葉などないのではないか、と。それが若いならなおさらだ。全力尽くしたことを讃えるのも、結果が出せなかったことを嘆くのも、それは外野のすることではない。本人自身が受け止めることなのだ。

 結果をバネにするのも、そこで終わるのも、本人次第。親だとしてもかける言葉はない。馬も人も、選んだ道と出た結果を正解としていくしかないのだから。

 左右を見て車を操りながら、翔太を見る。何かを嚙み締めるように窓の外を見ていた。小さな頬は固く結ばれている。ずっとずっと、大人になっている横顔がそこにあった。

 来週、翔太を連れてドライブにも行こうかと思った。なにせ、塾の予定がない土日自体が久しぶりである。

 府中に連れて行くのも良いかな。走る馬を翔太に見せるのもいい。

 そんなことに想いを馳せた。