【一口馬主ブログ】一口馬主の雑記帳

零細一口馬主のブログです。ロードサラブレッドオーナーズで2018年に一口馬主デビュー。2019年にユニオンに入会、2021年にインゼルにも入会しました。

スポンサーリンク

創作モノ_2022年根岸ステークス

その①

 来期も課長にはなれなかった。

 山野辺は人事報を社内のポータルで確認をした後、唇を真一文字に結んだが、すぐにいけないと思ってやめた。平静を装わないといけない。在宅勤務が多くなったとはいえ、出社している同僚も多い。変に気取られたら嫌だ。噂になるのはもっと嫌だ。

 左手で顎のあたりを揉みほぐして表情を隠しながら、再び人事報に目をやった。

 同期で課長になるのは新しく任命される奴も合わせて6人いた。田中も、中込も、増田も。驚いたことに、自分の下の年次も3人いた。5期下の川瀬は35歳だ。抜擢人事である。

 …まあ、仕方ないさ。

 口にこそ出せないがそんなことを思って、社内ポータルを閉じ、目を瞑って伸びをした。

 仕方ない、仕方ない。本当は期待をしていた自分に言い聞かせるように心の中でくりかえす。期待した俺がいけなかった。

 そしたら、ほんの一週間前に「来期は一層頼むぞ」なんて、思わせぶりなことを言ってきた部長の顔がフラッシュバックしたので、思わず目を瞑った。

 ちくしょう。一体、何を頼むつもりなのか。いつもの尻ぬぐいか。

 悔しくてまた口元がゆがむ。いけない。別のことを考えよう。

 目を明け、デスクトップ画面に設定しているJRAのレーシングカレンダーに目をやった。山野辺にとってすぐに仕事を忘れて心を飛ばせる趣味は競馬くらいしかない。

 今週の東京メインは根岸ステークスか。

 狭間の重賞だな、と思った。

 まるでうちの会社と自分みたいだ。

 

その②

 思えば、大卒で繊維メーカーに就職してから18年が経った。中堅と大手の間くらいの準大手のくせに、気持ちだけは超大企業。部署の中は家族主義なのに、部署を跨いだ途端、徹底的にやりあうという縦割りの会社だ。業績をあげろ、上を目指せ、と大号令がいつもくだっている。最初は仲が良かった同期もいつの間にかバチバチのライバル関係になっていくのが社風である。

 ただ、自分としては別にそれは悪くないと思っている。サラリーマンなら出世してなんぼというのは、100%ではないが、幾分かは真実だ。

 問題なのは、自分の立場である。

 弊社の花形部門は、法人営業部。いわば、番長だ。

 続くは研究開発部。いわば、裏番長だろうか。

 ご意見番はプロモーション部。いわば、優等生の学級委員長とも言える。

 そして、自分がいるのがセールスサポート部。いわば、黒板消し係、ならマシなほうかもしれない。

 やることと言えば、法人営業部が無茶して取ってきた案件の火消し。研究開発部門が売り込みたい技術研究のねじ込み。プロモーション部が役員説明に使う書類のコピーと配布。普段目立たず、やって当たり前の仕事。ゆえに、評価されづらい。そんな部署だ。そして、自分はそんな会社の傍流ともいえる非根幹の部署に18年いる。

 でも、入社以来、腐ったことはなんて無い。

 いや、無いは言い過ぎだが、ほとんどない。配属してからここまで、ずっと前向きにやってきた。

 上司も先輩も、法人営業部や研究開発部の出世レースに負けた奴らばっかりだったが、愚直にこの場所が自分の戦う場所だとやってきた。主任に上がるのだって同期よりも遅れたが、それでも走り続けてきた。

 ある程度、成果も出してきたつもりだ。特に今期は全社のウェブ会議開催ルールについて、システム統一の検討から導入まで、一括ですべてやった。定量的な効果も出した。2000時間も全社で残業時間を減らしたのだ。年末は社長表彰だって受けた。

 だから、今期は少しだけ期待していたのだ。同期と5年遅れの課長昇進を。

 でも、それは叶わなかった。

 涙は流さない。仕事は仕事。責任の重さこそあれ、自分が仕事に向き合うスタンスは変わらない。

 それでも、悔しがるくらいはいいじゃないか。

 

その③

 金の夜、土の日中と1人で焼酎を煽ったせいか、日曜日に目覚めた時には既に時計の針は15時を指していた。

 そうだ、根岸ステークスを買わねば。

 頭を左右に振りながら買ってあったスポーツ新聞を手に取る。根岸ステークスの出馬表を見た。

 適性が微妙な地方回りの古馬ばかり。

 それが率直な感想だった。ダートの花形は1,600メートル。少し伸びても1,800メートル。足らなくても稼げるのは1,200メートル。1,400メートルなんて距離は中途半端だ。

 距離を順番に揃えれば、法人営業部、研究開発部、プロモーション部、そしてセールスサポート部、か。

 仕事のことを忘れたくてあれだけ酒を飲んだのに、すぐに連想は仕事へと及んだ。芝ではなく、ダートのGⅢで、それでいてGⅠのステップレースというのも、準大手の自分の会社によく似ている。金曜日にレーシングカレンダーを見た自分の感覚はあながち間違っていなかった。

 そのせいか、まずはタイムフライヤーが気になった。老いたとはいえ、王道GIのホープフルステークスの勝ち馬。ダートでも重賞勝ちがある。いわば、元法人営業部のホープだ。こんな馬にいつも自分は蹴散らされている。

 でも、なぜか隣の馬番のテイエムサウスダンに目がいった。1,400メートルの勝ち鞍の数がえげつなかったのだ。8勝の内、あげた勝利の7つが1,400メートルだ。ダートの非根幹の鬼である。それなのに、稼いだ賞金はタイムフライヤーの半分ほどだ。今回のレースでの人気も大差ない。

 勝っても勝ってもそこは非根幹。あまり評価されない馬か。

 ちょっとだけ、グッと来た。

 普段はオッズ中心主義なのに、感情移入で本命はテイエムサウスダンにした。単勝500円だけ。いつもの平日ランチ代。これなら外れても平日食いそびれたと思うだけで、罪がない。

 

 定刻となり、ポンッとスタートが切られた。JRAではこの舞台だけという最初から最後までダートコースの1,400メートル戦のゲートを、全馬が飛び出していく。

 颯爽と先手を切る馬。番手で構える馬。後ろで控える馬。それぞれがそれぞれのやり方を取る。短距離戦のように前に突っ込むだけでも、長距離線のように最初は流すだけでもいけない。それが非根幹の距離の難しさ。それが分かっている馬達のレースぶりだった。

 単勝を買ったテイエムサウスダンは中段に位置取りをしていた。3コーナーを回ったところで、グッグッと押し上げるようなジョッキーのアクションに応えポジションをあげていく。悪くない手ごたえに思えた。

 全馬が長い長い府中の直線を向く。テイエムサウスダンが鞭に叱咤されるようにひと伸びした。また鞭が飛び、もうひと伸び。また、ひと伸び。非根幹のエースが先頭へ迫っていく。

 「かわせ!」言っていた。「差し切れ!行け!!」

 自分でも不思議に思うくらい、大きな声が出た。

 テイエムサウスダンの脚色はハッキリと違った。先頭へと躍り出る。もう周りの馬達が付いてこれないと諦めて2着と1馬身の差をつけたところがゴールだった。鞍上が派手なガッツポーズを決める。

 金曜日と同じく、山野辺は唇を結んだ。

 ただ、意味合いは違った。目頭から落ちようとするものを堪える。両手でごしごしと顔をこすった。

 きっと、テイエムサウスダンはフェブラリーステークスでも一番人気にはなれないだろう。勝っても勝っても、評価はされない馬なのだ。非根幹のエースだから。自分のように。

 でも、それが何だ。非根幹が何だ。

 ここまで強さを見せつけること以上に、何が必要だというのだ。評価はされなくてもわかりきっていることだ。少なくとも、山野辺自身は自分を信じて疑っていない。疑ってはいけない。

 もう一度レースを見よう。これから元気が無い時はこのレースを見よう。きっと元気がもらえる。

 さっそく、映像を見返した。ガッツポーズを真似してみた。一人でやるにはちょっとだけ恥ずかしかった。