【一口馬主ブログ】一口馬主の雑記帳

零細一口馬主のブログです。ロードサラブレッドオーナーズで2018年に一口馬主デビュー。2019年にユニオンに入会、2021年にインゼルにも入会しました。

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【創作モノ】2022年_シンザン記念

その①

 「新しいグランアレグリアなんだって」

 そんな聞き捨てならないことを優也が言った。

 「グランアレグリア、引退したんでしょう?」私はたまらず聞いた。「有終の美を飾ったって言ってたじゃない。有馬記念の時に」

 「違うって、藤川さん。グランアレグリアが勝ったのはマイチャン」

 「舞ちゃん?」

 これまた、聞き捨てならない。どこの女だ。

 「イントネーションが違うよ。マイチャン。マイルチャンピオンシップ

 優也が噛んで深めるように私に言う。

 「ああ、マイチャンね」

 薄らとテレビの前で小躍りする優也を思い出した。レースは覚えていないが、嬉しそうな優也の顔は覚えてる。

 「相変わらず、興味がないんだからな、藤川さんは」

 優也がやれやれという風に首を左右に振る。3つも歳下のくせに、こんな仕草は様になるから憎らしい。

 「で、そのマイチャンで引退したんでしょう?グランアレグリアは?」

 私は話を戻した。

 「そう。まだ5歳だったのに、明け6歳だから。勿体無いよね」

 「じゃあ、なんでその名前が出てくるのよ?」

 「だから、新しいグランアレグリアって言われてるんだよ、このラスールって馬は」

 優也がテレビを指差した。タイミングよく、パドックを周回する馬達の中でラスールという馬が大写しになる。綺麗な鹿毛の馬だった。

 「鞍上のルメールがね、藤沢先生に言ったんだってさ。この馬は新しいグランアレグリアですよって」

 ウキウキと優也が続ける。

 「…何歳の馬なの?」と私。

 「3歳だよ」

 なんだと、と思った。再びテレビを見る。ちょうどルメールが鞍上に跨るところだった。

 「一戦目の勝ち上がり方がもう秀逸でね、これはいつかGⅠを…」

 能書きを垂れ始めた優也を無視し、心の中で私は言った。

 おいおい、ルメールさん。 

 余計なことは言わないでおくれ。

 

その②

 優也と出会ったのはまだ前の職場で働いている時だった。

 ピチピチの新入社員だった優也に教育係、今どきはメンターなんて痒い言葉で言う、としてついた先輩社員が私で、名刺の渡し方、メールの書き方、瓶ビールの傾け方、それから嫌いな部長へのちょっとした仕返しの仕方まで、全て叩き込んでやった。

 3年経ち、そろそろ優也が1人前となった頃、ちょうど私に転職の良い話があった。成果主義で、サバサバした外資系企業からのオファー。

 あまり悩むこともなく、私は職場を変えることにした。仕事はやりがいと生活のためにするものだ。両方揃っているなら断る話はない。家族主義が過ぎる今の会社の人間関係もサッパリできる。

 ただ、会社を去る送別会で、優也から告白された。

 俺は藤川さんと別れたくないです、と。

 それなりにモテないわけじゃないと自負があったが、まさかの直球にイチコロでやられた。歳上女の口説き方までは叩き込んだ覚えはなかったが、結果、人間関係はサッパリとはいかず、私は優也と付き合うことになった。

 思えば、優也とは結構な時間を過ごしたことになる。

 出会ってから3年。先輩後輩から男女の関係になってさらに2年。どちらからともなく同棲をすることになってからもう2年。

 つまり、気がつけば、都合7年も優也とは一緒にいる。

 そして、私は今年32歳になる。優也は29歳だ。

 2人とも良いお年頃である。言い換えれば、結婚適齢期というやつで、まあ、私があさましくも期待するのはそういうことだ。というか、焦っていると言ったほうがいいかもしれない。

 なのに、優也はいつも競馬ばかりである。学生時代から競馬が好きだということは聞いていたが、これほどとは付き合うまで知らなかった。

 特にグランアレグリアに関してはそうだった。同棲をするようになって幾度となく、優也から名前を聞いた。好きという言葉をかけられた回数なら間違いなくグランアレグリアのほうが私より多い。コロナの前は競馬場まで足繫く出向いた。優也の熱量は愛情というのに相応しく、この馬がいる限りは私との結婚なんて頭の片隅だろうな、と悟るほどだった。

 だから、グランアレグリアが引退を決めた時、寂しそうな優也には悪かったが、ヨシヨシと思った。

 時は今、そしていよいよ、プロポーズ。機は熟したぞ。

 そうやって期待したのが今年だったのに。

 

その③

 「いやあ、始まるね」

 優也がソワソワしながら私に話しかける。一応、お愛想で「そうね」とだけ言った。

 「勝つと思うんだよね、絶対」と優也。「だって、新しいグランアレグリアだし」

 「ふうん。何グリアなの?サングリア?」

 「ラスールだよ、ラスール」

 皮肉を言ったつもりなのに、さらりといなされる。

 これだから困る。優也はそういうところがある。真剣な時は他のことは何も頭に入らない。いつまでも、頭の中が男の子なのだ。

 「単複で5,000円買ったからね、藤川さん、勝ったら一緒にごはん食べにいこうね」

 「期待しとく」

 またお愛想返事を返した。テレビの前に優也と並んで座る。優也は前に身を乗り出したが、私はベッドサイドに背を預けた。馬達が次々と枠入りをしていく。ラスールという優也の意中の馬もゲート入りした。

 負けちゃえ。

 私は念を送った。新しいグランアレグリアなんて冗談じゃない。ラスールには悪いが、あと3年も優也を持っていかれるわけにはいかないのだ。

 ゲートが開く。バラッと飛び出した中で、自然とラスールに目が行った。あまり出足は良くないようだった。ルメールが促すようにエスコートする。

 道中に入ってすぐ、ラスールの首が上に上がっていた。

 しめた、と思った。優也に習ったことがある。これはいわゆる、「かかっている」というやつだ。前に行きたいのに、抑えられて我慢できない馬はああやって首が上がる。

 行きたがるラスールをルメールが必死に抑える。でも、周りの馬と比べれば、スムーズではないのは素人の私にでもわかった。

 やったぞ、と拳を小さく握った。これならラスールは勝負にならないだろう。

 私が勝った。自然と頬もゆるんでいく。私は今年が勝負なのだ。すぐにでもプロポーズされたいのだ。

 「焦るなよ」

 優也に言われた瞬間、心臓が飛び出るかと思った。すぐに横を見る。

 優也はテレビを見ていた。

 「ダメだよ、楽しんで走ろう。まだ半分だよ。ゴールはまだ先だよ」

 続けて優也が言う。すぐに、テレビの向こうのラスールに言っているのだとわかった。

 でも、心臓はまだバクバクと脈打っている。自分に言われたのかと思った。焦るな、と。心の声を読まれたのかと錯覚した。

 テレビに視線を戻す。前に行きたい行きたいとラスールが駆ける。それをどうどうとルメールがなだめるのが続いている。

 なんだか、ラスールが自分の姿のように思えた。

 結婚したい、結婚したい。焦って空回りしている。魅力が、実力が、発揮できそうもない。あんまり美しくも、カッコ良くも、自分らしくもないのに、そうなってしまっている歯がゆさ。なにより、今を楽しめていない自分。

 改めて、優也の横顔を見た。真剣な目でテレビを見ていた。

 会った頃と変わらない目だった。今を楽しむことが上手な人の目。自分が幸せなることに積極的で、他人と幸せを分かち合うことにはもっと貪欲で。そのくせ、未だに私を苗字で呼ぶくらい恥ずかしがり屋で臆病なところもある奴で。

 

 わかっている。こうやって隣にいれるだけで、焦る必要なんてないはずなのだ。

 

その④

 結局、レースが直線に入り、ラスールは全く上位には絡めずにゴールを通過した。

 「ああ、ダメだった」優也が悲しそうに項垂れる。

 「…かかっちゃってたね」と私は言った。「勿体なかった」

 「やっぱり、新しいグランアレグリアなんかじゃなかったのかな」

 優也がため息を交じりに言う。

 「なによ、一回負けたくらいで」

 私が強い口調で反発したので、優也が目を丸くした。

 「レースの前だけ持ち上げて、ちょっと酷いんじゃない?まだ3歳の女の子なんでしょう。上手くいかないことだってあるわよ。」

 「ご、ごめん」と優也。「そうだよね」

 「そうよ。今回は度外視」

 たいして競馬のこともわからないくせに、私はそう言い切った。

 そして、テレビ画面越しにしょんぼりと引き上げてくるラスールを見つめた。

 頑張れ。さっきとは一転、私はそう念じた。

 今日は焦ってしまっただけ。リラックスして、楽しんで走れば、きっとアナタは強くなる。

 「ねえ、優也。この馬、GⅠ勝てるよね?」

 「そりゃわかんないけど、、、でも、可能性はあると思うよ」優也が頬を掻いた。「まだまだ新しいグランアレグリアかもしれないし。思えば、グランアレグリアだって負けなかったわけじゃないもんね」

 「そう」

 ラスールがGⅠを勝ったら、プロポーズは私から優也にしてやろう。

 よくわからない決意を固めて、私は久々に指を鳴らした。痛かった。